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2014.04.1811:53

翻訳不可能の話など。

 私があるとき囲碁・将棋のみならず勝負事一般に嫌気がさしたのには凡そ以下のような事情があった。(それは構造主義的言語学を生齧りしていて、ふと大きな疑問が湧いて来たからである。) ↓

 人生は椅子取りゲームである。私が【その】椅子を取れば他者は椅子にはすわれない。これを突き詰めれば我々全てに課せられているのは【唯一者適合】【唯一者生存】という逃れがたい宿命なのである。パレスチナの聖地も、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の三者が占有しようと争っている。尖閣も北方領土も【国家】が絡めば双方引くに引けない領土問題となる。【これは俺の椅子だ!】【俺がすわるんだ!】と言明して二か国以上の主権が排他的に占有しようと争うのが、いわゆる【領土問題】である。【誰がすわったっていいじゃないか。みんなで共有すれば済むことだ。】とは容易にならないのが【国家】というシステムである。このシステムは全ての人間にとって桎梏となり手枷足枷となる制度であるがまた、全ての人々は【国家】という制度に依拠しなければ一日たりとも延命し難いというのも事実である。

 領土問題は即【領海】問題に直接波及して来る。ここでも【この島の近海で獲れる魚介類は全て俺が食べる。お前には食べさせない】という相互の主張がぶつかることが避けられないのが【領海問題】である。
 【何も目くじら立てて争わなくても、双方の漁民たちが(ルールを決めて)仲良く【自由に】漁をしたらいいじゃないか?】【共同入会い海域】にしたらいいじゃないか!?と言ってもなかなかそうはならないのが現実社会だ。

 日本側が例えば【資源の枯渇】を憂えて魚類を根扱ぎ捕獲してしまう【底引き網】の使用制限乃至は禁止を訴えても、中国側は【バカ言うな! 俺たちは将来の不安どころの話ではない。今このときを食べ抜いて行かなければ俺たちには明日はないのだ!】と主張して、魚資源の乱獲(日本以上の乱獲)を止めないかも知れない。
 こうなって来ると、話はかつて北がドイツの篤志家が善意で贈ってくれた種ウサギを、繁殖に回すどころか一匹残らず食べてしまったという実話に似て来る。

【敵は制度、味方はすべての人間】

 これは故埴谷雄高が残した言葉で私はしばしば引用するのだが、この箴言には常に基本的な問題で反論が付き纏って来る。それはつまり:

【一個の人間自体が既に諸細胞の連合体であり、一つのシステム即ち制度そのものではないのか!?】という指摘である。私はこの指摘に対する有効な反論は持たない。

 われわれの社会は【私もあなたも彼も彼女も、みんなで仲良く共通の人生を歩んで行きましょう♪】というふうな極楽浄土ではないから、我々の人生は争いが絶えてなくなるようには出来ていないのである。【パクス・ロマーナ】とか【パクス・アメリカーナ】とかいうが、有史以来【戦争】がなかった時代などは存在しないのだ。

 私が一個のアンパンを占有すれば他人はそのパンを食べることは出来ないわけだが、仮にアンパンを二つもっている人がいたとして、その彼(彼女)は果たしてそのアンパン2つを公衆の面前に晒すだろうか? 彼(彼女)はまずアンパン1つは背後に隠し持って、残り1つを通り掛かりの飢えた人に見せ、半分だけを相手に渡すことが出来たら上出来とは言えないだろうか?

 まあ、今はそんなことを突き詰めて考えることもないので記憶は不鮮明だが、ざっと以上のような事情から、私は勝負事から遠ざかってしまったものと思われる。でも私たち素人には将棋も囲碁も生活がかかっているわけではないのだから、そんなに目くじら立てて考え込む必要もないということだろうか。【所詮ゲームはゲームだ】とでも言って予め逃げ道を拵えて置くしかないのだ。w

追記:【翻訳不可能】で検索にかけたら以下のような記事があったので、ちょっと古いがここに引用してみる。 ↓

============

大学で日本語を学んでいる外国人(ヨーロッパの学生。英語のネイティヴ・スピーカーではない)から、「日本人は、“I’m beer”って言うと聞いたけど、ほんとうですか?」と英語で訊かれて、「わたしはビールです? そんなこと言わないよ」と否定しそうになりました。

でもよく考えてみると、「わたしはビール」……言いますね。
「わたしもビール」も言いますし。
「わたし枝豆」「ぼく唐揚げ」なんてのもあります。

英語で言うなら、 “I’ll have~~”とか “I’d like~~”でしょうか。

友人数人と好きな動物の話をしていたときのこと。
「わたしは馬」
「わたしは猫」
「わたしはウサギ」
と、ここまでは納得だったけれど、
「わたしはスズメ」と言った友だちがいました。
「好きな動物って訊かれて、スズメかい! ピンポイントでスズメ!」とみんなから突っ込みが入りました。

英語だったら、“What is your favorite animal?”という質問には単に “Horses”とか答えるでしょうね。

誰でも一つや二つ、苦手なものはあるもので、なにが怖いかという話をしていたときのこと。
「わたしはゴキブリ。嫌いなんじゃなくて、怖い」
「わたしはヘビ」
「わたしは鳥。とくに脚が気持ち悪い」
一人、黙りこんでいる友人がいました。
「ヨーコはなにが怖いの?」と尋ねると、
「人間」と一言。

「わたしはゴキブリ」と英語で答えるなら、“I’m scared of cockroaches”と言うこともできますが、 “Cockroaches scare me”はすごく英語的な言い方です。 “I’m scared of cockroaches”と言うと、ゴキブリを怖がる自分のほうになにか問題があるように感じられるのに、“Cockroaches scare me”と言うと、「わたしを怖がらせる悪い奴、ゴキブリ」みたいなニュアンスを感じるのは、わたしだけでしょうか。

人混みは苦手だというヨーロッパの友人(英語のネイティヴ・スピーカーではない)が、 “Crowds irritate me”と言ったときは、わたしにはできない発想だったので感心しました。わたしはいつも“I don’t like crowds”と言っていたのですが、“Crowds irritate me”のほうが、問題は自分にではなく人混みのほうにあるように感じられます。「いいなあ。これからはこっちを使おうかな」と思いました。

こういう、日本語とは発想がまったく違う英語の構文や主語の選び方を知ると、ちょっと大げさですが、意識の地平が広がるような気がします。

============

 以上【翻訳家による翻訳できない言葉の話】からの引用終わり。

 最後に一つ付記しておきたいことがある。それは巷間指摘されているように、現在人類にとって深刻な課題となりつつある【食糧問題】についてだが、これを無用に惹起している原因は他ならぬ【先進諸ヵ国】の手前勝手な所業にあるということである。日本も当然その一員である。私たちは自分たちが【良質なタンパク源】を牛馬・豚・鶏たちから摂取したいがため、彼らに与える穀物を日々大量に輸入し消費しているのである。日本を含む先進諸国が穀物を寡占状態においているから、発展途上の国、貧しい国々には充分な穀物が行渡らない。自分たちの【美食】のためなら他国民が餓えても知ったことではないとするのが我々自称【先進諸国】の国民なのである。

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